シドニー五輪競泳代表選手で、女子100メートル自由形および200メートル個人メドレー日本記録保持者の萩原智子さんが、この程、結婚されるという。
お相手の方との交際がスタートしたのは2000年、シドニー五輪の前からだとか。
シドニー五輪のハギトモといえば・・・
当時、私がこんなコラムを執筆したことを思い出した。
**「
萩原智子「0からのスタート」(TV朝日系列「GET SPORTS」より)」より**
オリンピックが与えるもの….
オリンピック…,恐らくほとんどの人がこの言葉を口にしたことがあると思います.
でも,オリンピックに参加できる人ってほんの一握りの人なんですね.
それが理由なのかもしれませんが,「オリンピック選手」というと何か「特別な人」みたいな感じがして,そういう態度で私たちは接してしまい,それがオリンピック選手本人達にとっては,相当なプレッシャーになっているのです.
また,オリンピック前に良い成績を収めたりすると,一層それに拍車がかかるようです.
萩原智子選手も,そんなプレッシャーの中,シドニーオリンピックで頑張った選手の一人です.
萩原選手は,競泳のメドレー種目を得意とする選手です.
萩原選手はオリンピック前の選考会などで良い記録を出し,シドニーオリンピックメダル候補選手の一人に挙げられていました.
そんなプレッシャーの中,挑んだシドニーオリンピックでは本人の満足のいく泳ぎが出来ず相当悩んでいたそうです.
20歳そこそこの女の子が,日本国民の期待を背負っていた訳ですから,それは並大抵のプレッシャーではなかったと思います.
事実,本人の日記の中で「引退」という言葉を出していたくらいですから….
そんな状態ですから,オリンピック終了後は,「この先何を目標として頑張って行けばいいのか」を見出せずに悩んだようです.
今までオリンピックのために頑張って来て,オリンピックで満足のいく泳ぎが出来ずに,何か裏切られたような気がしたのでしょう.
「今までやってきた事って何だったんだろう」…みたいな.
そんな矢先,萩原選手は水泳のワールドカップに参戦し,これまでとは全く違う環境…年下の選手との遠征…で水泳に取り組み,また,その遠征中,ある外国人選手の引退という出来事に接し,水泳を続ける意義,水泳の面白さを再びみつけ出したようです.
自分より若い選手達は純粋に水泳が好きで,楽しくレースに参加しているということを肌で感じ,また,ある外国人選手が引退レースでレース前に感無量になりながらも,笑顔で優勝したことに直面していくうちに,「自分も楽しく水泳をしよう」,「自分の限界をこんなところで引いちゃだめだ」と感じたようです.
それは結果にも表れ,ワールドカップ参戦中のあるレースで自己ベスト記録を更新したほどです.
結局,萩原選手を復活させたのは,「ワールドカップ参戦」そのものなのかもしれません.
しかしながら,オリンピックでの苦悩…こそが萩原選手を復活させるというよりはさらに成長させたのだと思います.
萩原選手にとってシドニーオリンピックはあまり思い出したくない"出来事"かもしれません.
でも,そんなオリンピックがあったからこそ,今の…「水泳の面白さ」を再発見した萩原選手があるのだと思います.
萩原選手は大きく成長した(と思います).
今年の夏に行われる水泳の世界選手権では,一段と成長した萩原選手をみれるのではないでしょうか.
こう考えると,オリンピックってメダル以外にも凄く大きなものを与えてくれるイベントだと思いませんか?
だから,あまり「メダル」「メダル」と躍起にならずにもっと大きな視野でこの素晴らしきスポーツ最大のイベントをみてみたらいかがでしょうか….
**以上、そのまま引用**
シドニー五輪での不振から立ち直った萩原智子さんは、その後、2002年の日本選手権で史上初の4冠に輝き、2004年に引退を表明した。
現在は、全国で水泳教室などを行い、水泳の普及活動に努めている。
萩原智子さんには「末永くお幸せに!」という言葉を贈りたい・・・